オレは今、吐き出している。
ヒモなしクックを履き潰しながらマックデリバリーをお届けすることに対する悔しい気持ちを。
オレはまた、憧れてる。
ヒモ男になって働きもせずに創作活動に打ち込む生活に。
電動アシスト自転車に乗って非正規のマックデリバリー業務(いわゆる"MDからはじまるウーバーさん"と呼ばれるやつだ)をはじめてからというもの、オレはヒモなしシューズに目覚めた。
きっかけは、ベジタリアンになろうか真剣に悩みながら動物の死骸バーガーを配達していた昼下がりに、靴紐がペダルのクランク部に絡まってこけそうになったこと。
それ以前からも靴ひもという存在には少なからず悩まされてきたが、その日を境に「靴ひもは時代遅れでダサい」という価値観を抱くようになった。
靴ひもを自転車に絡めたその足でABCマートに向かったオレは店員のお姉さん、結構色っぽいのにそれでいながら下タネを嫌うという、靴ひも以上にオレの下半身を悩ませ続けてくれたタイプの女性に「(お客さんと自転車の)どちらが本体ですか?」と突然聞かれ、オレは度肝を抜かれてしまった。
『この女、なかなかやりおるわい』と思ったオレは「いやぁ、あなたはなかなかの天然ゴムですね」と挨拶すると「当店では天然ゴムのタイヤは扱っていません」とのこと。ここまでぶっ飛んでいるとすがすがしいなと思いつつ(自転車を靴に結びつけながら入店するオレも大概だが…)、タイヤではなく靴を買いに来たことを告げ、「ヒモなしの靴がいいんだが」と言うと「私にも以前ヒモになってた彼がいたけど今はヒモなしの生活に満足してる」と素直に白状してくれた。
聞くところによると、店員さんの元カレのヒモ氏はバンドマンだったらしく、優しくて面白いからギャンブルやアルコール癖などの悪習には目をつぶっていたが、浮気をされてさすがに我慢の限界に達してしまったようだ。
それを聞くとシンガーソングライターのUber Eats配達員であるオレも他人事とは思えず、やはり自分の身は自分で立てねばなるまいと反省した次第だった。
よくよく考えると、オレはいい歳して親から仕送りしてもらったり生活保護を受けてきたので、ヒモ生活をしてきたも同然だった。
反省会を終えたオレは店舗内を駆けずり回りながらヒモなしクックを探し求めたが、ヒモなしスニーカーの先駆者であるVANSのスリッポンなどは重くてダメだった。もっと軽いやつを探したが意外にもほとんどなかった。
ヒモなしクックは非常に実用的で需要はたくさんあると思うが、結局、普段履きのスニーカーはやはり紐付きのオシャレなやつが人気なようで、オレみたいな、めんどくさがりのADHDでありまた他でもなくそういう発達障害などの特性を持った結果としてUber Eatsの配達員になり、多動なADHDであるがゆえにバイクよりも自転車が向いているシンガーソングライター向きの靴というのはニッチすぎて東京靴流通センターにすら流通していないらしかった。
されどもそこは天下のABCマート。ありましたよ軽めで紐ないやつ。しかもABCのオリジナルブランドの代物だ。価格も5千円以下で安かったが作りはまともだった。
「オレの曲も音は安っぽいが曲は良いんだよね」と店員さんに告げながら髪の匂いをスンスン嗅ごうとするやいなや、オレの顔面に向けて防犯スプレーを吹きかけた店員さんだったが、よく見るとそれはただの防水スプレーだった。
「私はおっちょこちょいな所があって、今流行りの"擬似"大人のADHD、つまり"自分は可哀想な人だ"と思いたいという心理を利用し、誰にでも少しは当てはまる特性を誇大宣伝して薬や医療費を稼ごうとする奴らの戦略にハマってしまった人々、なのではないかと疑っています。」
と彼女は少し寂しげに言うのでオレは「それならば店舗名をADHDマートに変え、紐のない靴だけを取り扱うと安心出来ると思います。」と答えながら優しく彼女の靴ひもをほどき、紐なしクックに履き替えさせてやった。
「おいくらでしょう?」と彼女は尋ねたが、オレは「お代なんていらないよ」と、経済力があって包容力のある男性を演じながら店を後にしたのだった———
あとがき
もう紐つきクックは履きたくない。